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筑波大学発スタートアップ Sportip

株式会社Sportip 代表取締役CEO 髙久 侑也氏

 近年、AI、IoT、ビッグデータなど第四次産業革命が経済社会に急激な変化をもたらしており、「投資の促進」、「人材の活躍強化」、「新たな市場の創出」、「世界経済とのさらなる統合」の4つを軸とした成長戦略における施策が政府によって推し進められている。2016年には「官民戦略プロジェクト10」の一つとして、スポーツの成長産業化が明確に国策とされた。日本経済が好循環な成長力を取り戻すためには幅広い分野でのイノベーションの加速がカギであることは言うまでもなく、さらなる成長の一手としてスポーツ産業を通じた新たな価値創造に注目が集まっているようだ。


動作解析を通じて個人の身体特性・データ・目的に応じたソリューション提供を行うアプリケーション『Sportip AI』

 当社は、身体動作の指導領域(フィットネス・スポーツ・楽器演奏・リハビリテーションなど)において、個人の身体特性・データ・目的に応じたソリューション提供を行うシステム『Sportip AI』の研究開発に注力しています。指導を受ける人の動きをスマートフォンやカメラで撮影し、運動科学の知見をベースにAIが改善ポイントを判断し、個人に最も効果的な指導内容を提供します。この『Sportip AI』によってオンラインでも的確な指導を受けることができるようになるほか、トレーナーやコーチに内在化されたコツや勘だけに頼らざるを得なかった指導が、角度、速度、距離などを定量的に評価できるようになるため、従来と比較して、効率的な運動指導を行うことができます。現在はクローズドベータ版としてランニングスクールやフィットネスのパーソナルトレーナーなど、さまざまなスポーツ関連施設で試験的に利用していただいており、フィードバックをもとにシステムの改善に役立てているところです。各施設からは定量的な評価により理解が深まり、課題を改善しやすくなったという声が寄せられています。

 また、当社は筑波大学発ベンチャーのため、筑波大学の保有するアスリートネットワークや、生理学・スポーツ医学など関連する研究室の豊富な知見、撮影場やクリエイティブ人材まで、多岐にわたるリソースを利活用することが可能です。莫大な資金を投じなくともモーションキャプチャーをはじめとする専門機材を活用しながらバイオメカニクス(生体力学)、運動生理学、コーチング学、スポーツ医学の科学的知見を生かして大学と共同研究を進められたことで約半年間という短期間で信頼性の高いシステムの基盤を完成させることができました。創業1年目から恵まれた環境で事業開発に取り組むことができており、とてもありがたいと感じています。

 今はto Bに向けたサービスとして、認知度向上のため主に地方自治体や大手企業との連携に力を入れています。『Sportip AI』は、身体動作の指導領域において、個人の身体特性・データ・目的に応じたソリューション提供を行うアプリケーションであることから、自治体が全国に持つ公共施設や学校、プロスポーツチームなどと連携することはとても相性がよく、スポーツを通じた地方創生と地域住民の健康増進に役立てたいと考えています。一方、大手企業との連携においては、各社が持つ専門的な分野との連携によって、スポーツにとどまらない新たな事業を共創したいと考えているほか、幅広いデータの収集を通じたシステムの向上につなげたいと考えています。現在進行中のスポーツビジネス分野で起業家を育成するための「イノベーションリーダーズ育成プログラム」においては、地域のプロチームであるJリーグ:浦和レッズ、大宮アルディージャ、プロ野球:埼玉西武ライオンズと連携し、実際に各チームが抱える課題を基にデータ分析を通じて解決に向けたビジネスプランを提案する予定です。なかなかプロチームと接点を持つことは厳しいので、当社にとって非常に大きなチャンスと捉えています。


―ケガで夢を諦めるも、父からの一言で一念発起

 実は、大学に入学するまで野球に全てを捧げていました。小中学校ではボーイズリーグでプレーし、高校では甲子園を目指して毎日早朝から深夜まで練習するほど野球漬けの日々でした。ところが、中学生の頃に胸郭出口症候群を発症してしまったにもかかわらず、私の身体特性を無視した指導を受け、練習を続けた結果、症状が急激に悪化し野球を続けることができなくなってしまいました。幼い頃から打ち込んできた目標が一気になくなってしまったことで言葉では言い表せないほど落ち込みました。当時は大好きだった甲子園も見ることができないほどでしたね。しかし、振り返ってみると、何もしない(できない)時間が自分の人生にとってある意味よかったと思うことがあります。これまで野球漬けの人生を送ってきた僕は、言い換えると野球以外のことを何もしてこなかったということなので、今後の人生を考えるにあたって自分は一体何をするべきなのか、どうしていきたいのか――色々思考を巡らすにはとても貴重な時間でした。そんな僕の心情を察したのか、父から「お前は野球しかやってこなかった分、不利な面も多い。視野を広げるためにも、いろんなことをやった方がいい」と告げられたことがきっかけとなり、頭を切り替えて選手をサポートする立場になろうと、野球の指導者・教師になる道を選択し筑波大学に入学しました。

 入学後は、「それぞれの人間の体の特徴や目的に合わせた最適な指導は何か?」ということを最大のテーマに、体育・スポーツの幅広い学問を履修しました。また、専門学科以外にも経済、経営、芸術など、ほかの大学と違ってさまざまな学科の授業を受講することができます。父に言われた言葉がすごく響いたこともあり、学べることは何でも学ぼうと興味のある分野の授業はたくさん受講しました。授業だけではなくボランティア活動にも参加しました。2年生の時、カンボジアのオリンピック・パラリンピック委員会とともに現地で障害者スポーツを普及させる活動に携われる機会があり、実際に現地に出向いて現地の人に障害者スポーツを体験してもらうことで障害のある人への理解や障害者スポーツの素晴らしさを啓発することを目的として活動を行いました。カンボジアでは障害のある方への偏見が今なお色濃く残っている独特な文化があるため、活動を通じて多くの人々の考えが実際に変わっていく様や、楽しんでスポーツに取り組んでいる様を目の当たりにし、スポーツの持つ無限の可能性を感じました。何より、オリンピックが持つ「平和」と「寛容」という普遍的なメッセージの神髄をこの目で確かめることとなった瞬間でもあり、世界中に私と同じような思いを持っている人がいるに違いないと感じた瞬間でもありました。ようするに、「動作」を伴うことによって起こる課題は世界中の人に通じるとひらめき、ともすれば、まずは自分と同じ課題を抱えている人を助けるサービスを手掛けようと思ったわけです。そして、祖父や父が自ら事業を手掛けていたこともあり、自然と起業の道を選びました。

 3、4年生になると、目標をかなえるため起業を見据えて、ITを用いたスポーツ・フィットネス関連の論文をひたすら読みあさり、AIなど最先端技術を活用したヘルスケアサービスを手掛ける株式会社FiNC(現株式会社FiNC Technologies)でインターンとして働きました。同社はサービス内容が大学で研究していた分野であり、創業から4~5年とまだ若い会社にもかかわらず自社サービスの開発にとどまらない実績を有していました。また、次世代のヘルスケア企業として一目置かれるほどの存在に成長していたので、何か起業のヒントが得られるのではないかと考え自ら門戸をたたきました。そして、幸運なことにインターンながら代表取締役室において代表の右腕とも言うべき方のサポート役としてさまざまな業務に当たらせてもらえることとなりました。当時は簡単な仕事でもできないことが多く、時には厳しく怒られたりもしましたが、自分自身の成長にもっとも大きな影響を与えてくれたと思っています。最も感謝していることは、「一切妥協しない」、「部下を信頼する」といった仕事に対する哲学をキーマンの一番近くで学ばせてもらうことができたことです。強い組織はここから生まれるのか――ここから一気に起業への道を開くことができました。


―動作解析を通じてすべての人が住みやすい社会に

 東京オリンピック・パラリンピックがいよいよ来年に迫り、だんだん盛り上がりを見せていますね。一般的に、2002年ごろから2013年ごろまでは、スポーツ市場は年々減少を続けてきたものの、ここ数年は健康志向の高まりも相まって微増していると言われています。また、政府の成長戦略の一環として2025年には15.2兆円の市場にまで拡大させるという方針が打ち出されており、スポーツ産業はもはや成長産業であることに疑う余地はありません。具体的な施策もいくつか打ち出されていますが、僕はスポーツ産業の成長を成功させるには、国民一人一人のマインドチェンジがカギになると思っています。従来のスポーツ産業といえば、スポーツ用品の販売などが主流でしたが、今では形のないもの、前例のないものも徐々に増え始めており、新たな価値創造が求められていると思います。例えば当社のようにスポーツを通じた新たな切り口で行政や企業に対して価値を提示することができれば、化学反応が起こり、必ずスポーツ産業界に革新が起きるはずです。
 
 僕は『Sportip AI』を通じて動作指導の伴う産業に挑みます。動作解析は、予防医学の領域においても歩行と認知症リスクの関係について研究結果が出されているように、動作と健康リスクの関係性は広範にわたるため、スポーツ・フィットネスに携わっている人だけでなく、不慮の事故にあった人、高齢者、障害者など、あらゆる人に応用が可能な技術です。決してスポーツ・フィットネスに本格的に取り組んでいる人だけに必要とされるものではなく、あらゆる分野で汎用性の高い技術であることは間違いありません。2019年度中に、まずはリハビリテーションの分野に参入します。動作の指導をAIが提供し、理学療法士の方はメンタルケアに重点を置くことができるよう、人手不足による負担軽減と精度の高いリハビリ指導に役立てるつもりです。また、協力者とともに幅広いジャンルでの共同研究も検討しており、ソフトウェアの支援のみならず、ハードウェアの開発・連携も進めていく予定です。「個人の可能性の最大化」のために、テクノロジーを活用し、全ての人が自己実現できる社会を創ることが目標です。

代表取締役CEO 髙久 侑也氏