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前向きに『諦める』ということ。

株式会社Sportip  代表取締役CEO 髙久 侑也氏

 誰しも子どもの頃に夢の職業を持っていただろう。スポーツ選手、消防士、医師、パイロット――。しかし、現実とは厳しいもので、子どもの頃に描いていた職業に就くことができた人はごくわずかである。成長過程において他のことに興味を抱くようになったという理由であれば夢の職業に就くことができなかったとしてもごく自然の流れといえるが、意に反して努力むなしく夢を諦めざるを得なかった人も中にはいるだろう。

「胸郭出口症候群という症状が悪化して野球を続けることを諦めました」

 動作解析を通じて個人の身体特性・データ・目的に応じたソリューション提供を行うアプリケーション『Sportip AI』の研究開発を手掛けるSportipの髙久氏は、大学に入学するまで人生の全てを野球に捧げていた野球少年だった。日夜を問わず練習に励み、大学に入学してもこの先ずっと野球を続けていくことに何の疑いも持たなかった。しかし、運命のいたずらが彼を襲うこととなる。ちょうど18歳の夏だった。中学生の頃、胸郭出口症候群を発症してしまったにもかかわらず、身体特性を無視した指導を受け、練習を続けた結果、急激な症状の悪化により野球を続けることができなくなってしまったのだ。「幼い頃から打ち込んできた目標が一気になくなってしまったので、言葉では言い表せないほど落ち込みました。当時は大好きだった甲子園も見ることができないほどでしたね。」と当時を振り返る。初めての挫折を味わい、しばらくは無気力な状態が続いたという。また、野球漬けの日々を送っていたため、時間の使い方すらどうしていいか分からなかった。

 野球漬けだったということは、野球以外のことは何も知らない――かくして彼は、大学に入学後、経験できること学べることは何でも吸収しようと頭を切り替え、同級生が部活やアルバイトに明け暮れる中、専門以外の勉学にも励み、ボランティア活動にも参加した。そして大学2年生の夏、カンボジアのオリンピック・パラリンピック委員会とともに現地で障害者スポーツを普及させる活動に参加したことで、スポーツの持つ無限の可能性を感じることとなる。障害のある方への偏見が今なお色濃く残る独特な文化の中において、多くの人々の考えが活動を通じて実際に変わっていく様や、楽しんでスポーツに取り組んでいる様を目の当たりにし、オリンピックが持つ「平和」と「寛容」という普遍的なメッセージの神髄を確かに感じたのだ。

 こうして、この活動をきっかけに人生の大部分を捧げてきた「野球(スポーツ)」の知見を活かした新しい価値創造を通じて世の中に貢献するという目標を見つけることができ、AI技術を駆使した動作解析を通じたシステムを生み出した。これまで指導方法といえば、トレーナーやコーチに内在化されたコツや勘だけに頼らざるを得なかったが、AIを用いた動作解析によって、角度、速度、距離などを定量的に評価することができるため、各段に効率がよく、それぞれに合った指導方法が可能になる。現在はクローズドベータ版としてランニングスクールやフィットネスのパーソナルトレーナーなど、さまざまなスポーツ関連施設で試験的に利用されており、フィードバックをもとにシステムの改善に役立てているところだという。

プレーヤーという道を続けることはできなくなったが、スポーツを通じた新たな価値創造という、より幅広い視点での目標を見つけた髙久氏は、子どもの頃の「夢の職業」をかなえた一握りの人間と言っても過言ではない。「諦めないで頑張ろう」、「諦めたらそこで終わり」など、一般的に自分の願い事がかなわず、それへの思いを断ちきるという意図で使われるため、「諦める」ことに対してマイナスなイメージを持つ人も少なくないだろう。しかし、「諦める」という言葉自体には本来「つまびらかにする・明らかにする」という意味が込められている。重要なことは、いかなる時でも変わることのない物事の正しい筋道を見つけるということであり、信念を貫くということなのだ。