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スタートアップイベントが人生の転機に。

株式会社Like Pay 創業者 イーゴリ・ヴォロシオフ氏

 日本で起業をする場合、起業準備としての事業計画の作成、会社設立、事業の許認可取得、経営管理ビザの取得、資金調達、経営管理ビザの更新――など、約6つのステップを踏むことが一般的であり、手続きは極めて煩雑である。また、欧米諸国とは異なる商習慣・労働法の基準、特に言葉に関しては大きく壁が立ちはだかるが、それでも近年外国人起業家は増加傾向にあり、ここ5年で約2倍という数字が公表されている(法務省HPより)。彼らが日本を挑戦の場に選んだ理由、きっかけは一体何だろうか。

 現在、東京大学大学院において勉学に励む傍ら、2018年8月に起業したLike Payの創業者として精力的に活動するイーゴリ・ヴォロシオフ氏は、モスクワ大学在学中に日露学生フォーラムに参加したことをきっかけに実際に日本を訪れたことで日本という国に強く興味を抱いた。在学中には半年間の交換留学を果たし、卒業後はモスクワにある日本の大手商社に就職しようと門戸をたたいた。しかし、最終面接まで順調に進んでいたものの、もっと日本に触れたという想いが捨てきれずに最終面接を辞退し、東京大学大学院に進学を決めたという。

起業を決めたのは「ただ日本が好きだから」ではない。東京の大学院に進学したことで日本の地で就職することを大前提に考えていた故、さまざまな就職フォーラムへ積極的に参加し、実際に数社からオファーも受けた。しかし、話を聞くたびにとてつもなく暗い気持ちになり、会社に勤務する未来を描くことができなかった。昨今、「グローバル」という言葉をよく耳にするが、外国人の彼にとっては、異なる言葉を話す“日本人”として扱われることだと違和感を覚えたわけである。

 そのような中、大学院の友人に誘われ、とあるスタートアップイベントに参加したことがきっかけとなり彼の人生は大きく変わった。初めて参加したイベントでは、在日外国人が起業家として悠然と斬新なアイデアやビジネスモデル、そして実際に日本で成功した話をしており、とても輝いて見えた。前述の通り企業への就職が全くといっていいほど考えられなかった彼は、未知との遭遇を果たしたかのように、これこそ自分の突き進む道だと決意し、スタートアップとして挑戦する道を選んだ。先輩外国人起業家に勇気をもらったのだ。

 これと決めたら突き進む性格だと豪語する彼は、勉学に励む傍ら着実に起業を果たしたわけであるが、日本での起業はそうたやすくはなかったと振り返る。元々日本語を専攻していたため言葉の障壁はさほどなかったものの、日本特有の「本音と建て前」の文化や、法務的な障壁にぶつかった。まず始めに苦労したのは「印鑑証明書」だった。ロシアには印鑑証明書というものがなく、その意味の理解と作成にも時間を要した。次にぶつかったのは、投資家から出資を受けられる状態だったにもかかわらず、銀行口座の開設に10行程度に断られ、口座の開設がなかなかできなかったことだった。後で分かったことだが、登記簿上に記載した情報で銀行の審査を通過することができなかったのだ。本社所在地はコワーキングスペース、資本金は1万円、代表はイーゴリ氏ではなく当時ロシア在住の兄を据えていたというのが理由だったようだ。

 では、起業を目指す外国人にとっての環境として日本は最悪なのかというとそういうわけでもない。このような煩雑な事務手続きは、起業するにあたって必ず乗り越えなければいけないハードルであるが、発達したテクノロジーや整備されたインフラをはじめ、優れた人材を確保できる可能性が高く、少ない資金で事業を運営することも可能だ。また、優れたビジネスモデルに複数社が一斉に名乗りを上げるシリコンバレーをはじめとする欧米諸国に比べると、競争環境はそこまで厳しくない。

 2019年6月11日、政府は国家戦略特区諮問会議において外国人留学生による起業を促進するため、原則不可となっている大学に在学しながらの在留資格切り替えを認めるよう見直す方針を固めた。今月下旬に閣議決定する成長戦略に盛り込む予定だという。現行制度では、「留学」の在留資格で来日した外国人留学生が起業する場合には、原則卒業後か退学後に一度帰国し、必要な資格を取り直す必要があったわけであるが、地域での起業を活性化する観点から、在学中の資格切り替えが可能になるよう制度改正を検討するようだ。規制緩和に伴いイーゴリ氏のような外国人起業家が増えていけば、スタートアップ業界に新たな化学反応が起こるに違いない。